大切な事

 色々な事で苦しむことがあります。生きていれば悲しいことがあり、寂しいこと、つらいこと、痛いことであったり恥ずかしいことがあるのは当然です。何か本当に苦しいことがあれば、どうにかしてそれから逃れたい、解決したいと思います。どうすればその辛いことから逃れられるのかというと、その辛いことを一切投げ出してしまうか、正面から克服すればいいでしょう。私は大したことでないことで思い悩むことがありますが、それらは大抵どっちでもいいことや、他人からしてみればどうでもよかったりすることがあるでしょう。こんな辛いことは上手く投げ出してしまうことができればいいと思います。しかしそんな簡単に投げ出せるのなら、こんなに苦しんでいないと言うでしょうが、私たちはどっちでもいいことで結構悩んでいることが多いのではないでしょうか?当人にしてみれば、冷静になれず思考の悪循環にはまってしまい、どんどん悪い方向に行ってしまうのでしょう。そんな時は「まあいいや」とか「死にゃーしない」と思ってその辛さから逃れるのがいいと思います。(この思考が「足るを知る」(自分の要求を減らす)というものに繋がっていけばさらに楽に辛いことを投げ出せるようになると思います。)
 しかし辛いこと全部投げ出してしまえばいいのだろうか?私はそうは思いません。世の中にはその人にとって大切なこととそうでないことがあります。大切でないこと、どうでもいいことは深く悩まず「死にゃーしない」と思ってうっちゃればいいですが、その人にとって大切なことは最後まであがいて頑張ればいいと思います。ではどうやって大切なことと、そうでないこととを判断すればいいのでしょうか?それにはやっぱり常日頃から自分にとって、社会にとって「幸せ」なことってなんだろうかということを自分の中に持っているのがいいと私は思います。どんな人でも「幸せ」を追い求めて生きていると思いますが、普段から真剣にしっかりと考えている人はあまりいないのではないでしょうか?これを意識することによって、自分の大切なことがはっきりしてくるでしょう。その本当の自分の「幸せ」に向かって大切なことは最後まで諦めずに戦っていくのが「生きる」ということだと思います。この大切なことは投げ出してはいけないでしょう。しかし、そうでないことならばあっさり諦めてしまえばいいのです。自分の見栄や欲望、嫉妬、怒りから発する苦しみに自分を追い込み、そのネガティブな感情に自ら浸ってしまっては本当の大切なことを見失ってしまいます。こんなネガティブな感情にはなるべく注意を向けず、ポジティブに考える工夫をすることが役に立つと思います。そうすれば大切なことはどんなに辛くても希望を持って立ち向かっていけるし、大切でないことは「どうでもいい」と思えるのではないでしょうか?今の世の中には、仕事や友達関係、いじめ、失恋などでたくさんの人が苦しんでいると思いますが、私たちはこの苦しみに対してそれぞれの本当の「幸せ」を出発点に生きていかなければいけないと思います。こんな風に考えて生きていくことが今色々な苦しいことに悩んでいる人たちの助けになると思います。
 今日は「大切なこと」について書きましたが、環境問題も私にとってはこの自分(社会)の「幸せ」の問題で、私が、私たちが幸せに生きていくためには素敵な環境(自然や人間関係、住宅環境、文化など)が大切なんだと確信しています。もちろん人によって「大切なこと」は違ってきますが、子供たちに「大切なこと」を自分で考えられるような教育をすることや、大人が自分の「大切なこと」を子供たちに誠実に伝えていくことが今の時代に必要なことでしょう。